日本女子大学家政学部被服学科の小川哲也講師と東京大学大学院総合文化研究科、九州工業大学 教養教育院、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の研究者からなる研究グループは、ヒトの移動動作として最も代表的な歩行を対象に、歩行遂行で使用される制御基盤の特性について研究を行っています。今回の研究では、トレッドミル上での歩行時に体幹部を前方または後方から牽引する特殊な力学的環境(それぞれ、下り傾斜(前方牽引)と登り傾斜(後方牽引)を模した)において形成される運動記憶の特性について、行動科学的な研究手法を用いて検討しました。
本研究成果は2023年2月2日付で国際科学雑誌『Scientific Reports』のオンライン版に掲載されました。
【本研究の背景】
脳卒中や脊髄損傷などの中枢神経疾患罹患後の運動麻痺からのリハビリテーションやスポーツでの動作スキル獲得のためのトレーニングの目的とは、標的とする運動を司る中枢神経機構(以下、制御基盤)について、当該の運動遂行に有利にはたらく機能変化に導くことにあります。そのためには、各々の運動遂行に内在する制御基盤の特性について理解を深める必要があります。
【本研究の成果】
本研究で用いた研究手法の概要は以下の通りです。被験者には左右分離型トレッドミルという左右2枚のベルトが互いに異なる速度で動作する条件下(非対称条件)で歩行する課題を行ってもらいます。非対称条件での歩行開始初期では動作が不安定ですが、時間経過に伴う動作の繰り返しにより安定した歩行が可能となります。被験者が非対称条件に十分慣れた後、左右のベルトが同じ速度で動作する条件下(対称条件)で歩行を行ってもらいます。対称条件での歩行は、よく慣れた通常の歩行環境です。しかしながら、非対称条件の歩行課題後は、身体の左右で動作が著しく非対称となる歩容が「後効果」として出現します。これらの結果はすなわち、非対称条件下で安定した動作を実現するために制御基盤に生じた運動出力の調整(運動記憶形成)が、その後の対象条件下では異常な運動出力として顕在化した結果と捉えることができます。
以上の前提に基づいて、体幹部に対する前方または後方のいずれかの牽引を伴う力学的条件下での運動記憶形成が他方に対して互いにどのように影響し合うのか検討しました。その結果、前方牽引下で獲得した運動記憶はその後の前方牽引下では顕著な「後効果」として顕在化する一方で、後方牽引下では部分的にのみ生じました。これとは逆に、後方牽引下で獲得した運動記憶はその後の後方牽引では顕著な「後効果」として現れ、これと比べ前方牽引下での歩行における「後効果」のサイズは有意に小さなものでした。つまり、各々の力学的条件下で獲得した運動記憶は、その後のもう一方の力学的条件下での歩行に対して影響は限局的でした。前方牽引と後方牽引のいずれの条件下の歩行でも下肢の主要な関節は同様の曲げ伸ばしを繰り返し、すなわち、動作に関係する筋肉も大部分が共通であると想定されます。一方、本研究の結果から、運動記憶の形成や維持といった中枢神経系の側面からすると両者は独立性が高いことがわかりました。また、ヒト以外の動物の移動運動としてマウスのステッピングやゼブラフィッシュの泳ぎを調べた先行研究の結果と照らし合わせると、各々の課題遂行に対して固有の制御基盤が存在する可能性も示唆されます。
【掲載論文書誌情報】
論文名:Different functional networks underlying human walking with pulling force fields acting in forward or backward directions
著者:Tetsuya Ogawa, Hiroki Obata, Hikaru Yokoyama, Noritaka Kawashima & Kimitaka Nakazawa
掲載論文誌:Scientific Reports
本研究成果の掲載ページ:https://www.nature.com/articles/s41598-023-29231-6
【本件の研究内容に関する問い合わせ先】
日本女子大学家政学部被服学科 講師
小川 哲也
TEL: 03-5981-3732
Email: ogawat@fc.jwu.ac.jp
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